蓄音機としての永遠

一応、自己紹介からしますけど、僕は今大学5年生なんですよ。(2001年1月時)
って事はですね、あと2ヶ月ほどで卒業でして、就職しなきゃならんわけです。
そう、就職口もですね、紆余曲折ありながら決まって、その会社の「内定者の集まり」みたいなのが、今さらあったんで、ビシッとスーツを着込んで行ってきました。
10時半っていう集合時間に僕が起きれるはずもなく、案の定遅刻したんですが、人事部長がそれに輪をかけて遅刻したようなので、その辺は事なきを得たようです。
会場である会議室に入ると、コの字型の机に座らされた内定者達15名が、黙祷を捧げるように黙りこくって待っていました。
人事部長は入ってくるなり、「えー本来なら、10月に内定式など行いまして、懇談もする予定だったんですが、タイミングを失いました」と、弁明をしたあと「じゃあ、たいしてする事もないんで、何か質問などありましたら受け付けますが…」
内定者はやや面食らいつつも、必要な質問をいくつかしていきます。
質問:「寮があるって書いてありましたけど、間取りとか、立地とかは…?」
回答:「(窓の外を指さして)あっちです。間取りは6畳一間、向かいにサイレン工場があります」
質問:「…サイレン、鳴るんですか?」
回答:「工場ですから。ウーウーってヤツです」
質問:「そうですか…。で、どうすれば、入寮出来ますか?」
回答:「今、空きが少ないんで…。抽選になります」
質問:「抽選結果は、いつ分かりますか?」
回答:「四月一日です。希望しますか?」
内定者:「しません」
質疑応答の後、社長の登場です。
どうやら、社長が来ると同時に、食事もするらしいです。
いわゆる、食事をしながら和やかに社長の話を聞く、という風に設定した訳です。
出てきた食事は、何のことは無い仕出し屋の弁当です。
内定者懇談会の食事といえば、北京ダックが中華テーブルの上でクルクル回ったり、同心円状に並べられた手羽先の大皿なんかを想像していたんですが、弁当です。
開けてみたら、中央にハンバーグが鎮座していました。
隣の高野君を見ると、露骨にふてくされています。
缶のお茶を配りに来たお姉さんに「えー?温かいの無いの?」と言いました。
いきなりタメグチです。
彼とは、かなり気が合いそうです。
で、肝心の社長なんですが、もう80歳に近いだろう、おじいちゃんです。
おじいちゃんは、マイクを使って話し始めます。
「えー、今、日本はですね、借金があります。666兆円です。たいへんだこりゃ」
と、人事部長に向かって、「黒板に、書けよ」
人事部長は「は?」と言ったきり固まってしまうと、それに腹を立てた社長は、やや威厳をもった口調で「だから、書けよ。借金666兆円!スットロイなっ!」と言い切りました。
スットロイ人事部長は、ホワイトボードにあわてて「借金666兆円」と大書しました。
社長は満足げに続けます。
「これはですね、こんなもの、返せるわけがない。たいへんだこりゃ」
ハンバーグを一口食す。なかなか飲み下せない。
「でね、こんな世の中に諸君は社会に出るわけです。たいへんだこりゃ。おい、書けよ」
人事部長は「は?はぁ」といった感じで、ホワイトボードに「返せるわけがない」と書き入れます。
「だから、景気も悪い。こんな時はね、逆に、その人の実力が出る」
人事部長は「実力がでる」と書きます。学習したようです。
「もう、どの業界も、たいへんなんだ、こりゃ。分かるよね?」
こんな会社に内定した参列者は、薄笑いで頷きます。
僕は高野君に「これ、給料低くても、文句言うなよって言ってるのかな?」と囁きかけると、「おそらくは、そうだと思う」と囁き返しました。
と、社長は「ウチは、実力主義です。給料に差が出ます」と言いました。
人事部長が「実力主義」と力強く書き入れます。
「やっぱり、そうらしい」高野君が言います。
社長は続けます。
「ハッキリ言って、実力主義じゃなければ、やっていけない。もう、そんなに甘い世の中じゃないのね。たいへんだ、こりゃ」
要するに、給料の上限は上げずに、下限を下げる。そうすれば、人件費は減る。
日本における実力主義の典型だと思われます。
社長の弁は、さらにすべらかに。
「何故ってね、今、日本は、借金が666兆円もあるんです。返せる訳がない。たいへんだ、こりゃ。おい、書けよ」
社長、実はちょっとボケているようです。
話が無限ループしてます。
一回転ごとに針が戻るレコードのように、果てしがありません。
それを知ってのことなのか、人事部長は、一番太い字で最初に戻る矢印を書き足しました。