あの子を捜して

2週間ほど前、西山さんが会社を早退した事があった。
かなり慌てた様子だったので聞いてみると、家で飼っていたフェレットのジュリアンが逃げてしまったらしい。
一両日ほど近所を探し回ったらしいのだが、どうしても見つける事が出来ない。
西山さんはそこら近所の電柱に「迷子のジュリアン」という張り紙をし、一縷の望みを託した。
フェレットというのは結構人なつっこい動物らしく、特にジュリアンはすぐに足下に寄ってきては甘えるとのことなので、張り紙の効果は期待できるものと思われた。
明らかに憔悴した西山さんは、連絡先に指定した携帯をデスクの目のつくところに置き、吉報を待った。
鳴らない電話を見つめつつ、「ああ、ジュリアンがネコに襲われたら」とか「イヌに追っかけられたら」とか、明らかに仕事どころでは無いご様子である。
二日くらいして、その電話が鳴る。
逃げたフェレットについてだと気づいた僕は、その内容を気にしていたのだが、なぜか西山さんは「はぁ、すみません・・・」とか不可解な会話をしている。
どうやら近所で飼われていたニワトリが襲われ、ジュリアンの仕業では無いかとのクレームであったらしい。
「カエルを見ても逃げるジュリアンが、ニワトリなんかを襲う訳がない!」と憤慨する西山さんに、さらに新たな情報が。
家から100メートルほど離れた公園に、毎夕野良猫にエサをやってるおばさんがいる。
そこに集まってくる野良猫に混じって、フェレットらしい動物がいるとのこと。
さっそく西山さんは現場に駆けつけてみると、確かに魚やらミンチやらを野良猫に与えているおばさんがいる。
「ヨーロレイイヒ〜」などと、ヨーデルを歌いながら魚をちぎるその姿から、正常な人では無いらしい事が想像され、遠巻きに様子を伺った。
と、次々集まって来る野良猫に混じって、確かにフェレットがいる。
ジュリアンではないか。間違いない。
つぶやいた西山さんは、ゆっくりと近づいていく。ジュリアンも他のネコも、おばさんすら西山さんに気づかない。
西山さんの手が届きそうな、その瞬間、ジュリアンは西山さんをキッとにらむと、生のサンマをくわえたまま一目散に逃げてしまった。
完全に野生化していたのである。
夕暮れの暗がりの中、電柱に貼った「迷子のジュリアン」をはがしつつ、西山さんは家路についた。
遠くの空にヨーデルが響いていた。