グーにもチョキにもパーにも勝てない

朝、オフィスに来てPCを立ち上げていると、横の方から女の子の怒鳴り声が聞こえてきた。
ちょっと中腰になって覗いてみると、派遣の大谷さんに浦沢さん(前回日記参照)が「いい加減にして下さい!」とか言われている。
一昨日くらいから浦沢さんはちょくちょく大谷さんの席に行っては、ちょっと仕事の話をしたあとに、メモを残していくようになった。
そのメモには「カレ氏いるの?」とか「君にぴったりのワインを教えてあげよう」とか、「ワインレッドの君の瞳にサルーテ!(イタリア語で乾杯の意味ダヨ)」(←原文ママ)等という事が記されているらしい。
確かにワインレッドに目を充血させて大谷さんは怒っているが、これは一歩間違えなくてもセクハラである。
昼休みに浦沢さんに探りを入れると、「僕の人生のテーマは“ホップ・ステップ・ジャンプです。大谷さんへのアプローチは、いま現在ホップの部分。これからステップです」と、要領を得ない回答。
「いや、でも、けっこう言われてたじゃないですか」とやんわり指摘すると、「あれは大谷さんが言ったんじゃない。大谷さんの口が言ったんだ」と禅問答じみた会話に終始するのである。
「口ってのはね、心とは別に動くモンなんですよ」と余裕のほほえみすら漂わせているではないか。
夕方、大谷さんが「ウマクビさん、ちょっと浦沢さんの事なんですけど、本気でイヤなんで柏原さんにさりげなく言って下さい」と頼み込んできた。
柏原さんというのは、浦沢さんの直属の上司なのだが、元パンクロッカーでネクタイに安全ピンが20コくらい刺さってるような人で、ちょっと普通には話が通じそうにない。
とはいえ頼まれたからには言わざるを得ず、遠回しに遠回しに言ってみたのだが、柏原さんは僕の両肩に手を乗せると、「ウマクビ君、人類の歴史はね、セクハラの歴史だろ?違うのかい?」と目を見据えてさとしてきた。
「そ、そうともいえますね」と、その圧倒的な自信に気圧され、目をそらすとそこには刺すような視線の大谷さんがいた。トライアングルの図式。