さあ、どっち!

ボタンの掛け違いというか、そういった手垢にまみれた言葉で表すのもなんなんだけど、と言いつつ”手垢にまみれた”っていうのが手垢にまみれてるんだけど、まあ、向かいに座っている鈴本さんという人が、微妙にズレていて困っている。
この人は僕と初対面の時に、いきなり「なんでウマクビさんは、僕が大学院卒だって知ってるんですか?」と、かなりトリッキーな切り込み方をしてきた。
後に聞くところによると、こういう風に「大学院卒」である事を自慢するのがクセらしい。
クセ、というか、そんな安易な文脈で語らざるを得なくなる所もすごいのだが、たまに聞く昔話では、「高校時代に柔道でいいところまでいったのだが、自殺点で負けた」とか、「オレは世間で流行る前にギターを弾いていた」とか、「オレをジョージアと呼んで」とか、いったん踏みとどまって「?」となる程、言葉の内容に整合性が無いのである。お前は鈴本だろ。
今朝も出社して席に着くと、いきなり”ウィンク”をしてくる。
いよいよトリッキーな事になってきた。
僕は「おおう」とか、胃から出たリアクションを返したのだが、聞けば、先週末に「お見合いパーティー」に行ってきたとの事。
「ああ、そういえばそんな事言ってたな」と思い、首尾を聞いてみると、「いや、若い子とは話が合わなくて」などと言っている。
よく話した子が23歳だったらしく、「さすがに10歳くらい離れるとね・・」と言いつつ、「まあ、おおいに盛り上がって宴もたけなわだったけどね」
とにかく、やたらと自信満々なのである。
それどころか、「ウマクビ君はこんな若い子と話を合わせる事ができるかな?」と人差し指を左右に振りながら挑発してきて(僕には挑発としか見えなかった)、「チャート式でチェック!」などと僕にクエスチョンを繰り出してきた。
「さて、23歳の女の子。テレビドラマの話で盛り上げよう!」
「はぁ」
「話題にするのは、『東京ラブストーリー』、『108回目のプロポーズ』、さあ、どっち!」
”さあ、どっち!”じゃねぇだろ。
それに、細かいようだが『101回目』だ。『108』は煩悩の数である。
「はあ、108回目ですかねぇ」
「ブブー。トレンディじゃありません!」
僕はムカッとしたが、そんな雰囲気を読み取る事もなく「さあ、どっち!」というフレーズに快感を感じ始めた鈴本さんは、延々と「さあ、どっち!」と続けたのであった。