初めての出社

もうけっこう前の話になって愕然となるが、大学を出て初めて就職したのは小さな印刷会社だった。
(前に、入社前の出来事を日記に書いている→ここ
鮮明に覚えているのは、初出社の朝、僕を起こした携帯の着信音だ。当時はまだ着メロなんて無かったから、ほんとにピリリリリリという不快な音だった。出ると、新入社員で同じチームに配属予定だった深見である。
「おれ、昨日さ、家が火事になったから、会社辞める」などと言う。「メールで辞表送るからさ、お前の携帯に。だから、言っといて」
紛れもなく、嘘っぽい。というか、真っ黒だ。ここで考えねばならないのは、このホラ話をまだ見ぬ上司に報告する僕の立場である。もうすこしマシな嘘をついてくれないと、僕の立場というものもあるだろう。そう抗議すると、
「ほんとだって。リアリティとしては、そうだな、オレ、Gショックしてただろ。あれ、焼けても動いてた。すげーよ」
「するってぇと、焼け跡からGショックが出てきたと、そういう訳だな」
「そういう事になるな。ていうか、分かれよ。みなまで言わせるなよ」
さも、僕が悪いかのような言いぐさである。ここまでのやりとりで、深見が言ってどうなる人間では無い事がよく分かった僕は、その嘘に乗っかって報告するしかない。出勤途中に「title:辞表」というメールが入り、4/1だからエイプリルフールかも、というほのかな期待は打ち砕かれてしまった。
朝礼で、80歳を越えるワンマン社長が挨拶をした。
「えー、君たちは働きアリです。ただし、働きアリのうち、ほんとうに働いているのは2割だけ。あとは怠けているそうです。その2割を、厳選して採った。それが君たち新入社員です」
が、すでに深見が辞めている。理由は火事。それは嘘。さらに、辞表は僕の携帯の中。
朝礼後、チームリーダーである徳山さんに深見の件を報告した。報告している最中、ネクタイのドクロマークと目があってしまい、少しだけ混乱した。なぜこんな酔狂なネクタイをしているかは、後ほど分かる事となる。
緊急会議と称して、徳山チームの3人と僕、計4人が会議室に招集された。事の経緯を手短に説明し、一息ついてイスに腰掛けようとしたが、徳山リーダーは「そのまま!」と僕を制した。
「なぜ、深見君は会社を辞めたんですか?ハイ、ウマクビ君」
「あ、はい、火事になったから・・・でしょうか」
「ハイ、ミノル君、火事と辞めるのに因果関係は?」
「ありません」
おおぅ、全否定である。というか、無いのか、因果関係。
「ハイ、沢田君。Gショックは焼けても動きますか?」
「まぁ、いいんじゃないっすか?」
どうも、会話が成り立っていないように聞こえる。
「ハイ、ウマクビ君、いままでの討議を、黒板に書いて下さい」
というので、「深見邸→火事→でも因果関係無し」と書いてみた。様子を伺うと、「あと、発言も書いて」というので、徳山さん:「火事と辞めるに因果関係は?」と書いたところ、「あ、オレの名前はドクロマークにして!」と言い出した。慣れぬドクロマークを書くと、「下手だなぁ、ウマクビ君は。ドクロというのはだね・・・」と、席を立って黒板にドクロを書き込んだ。「ドクロというのは、パンクの象徴だ。オレは常にパンクだ」と胸を張る。続けて、「ハイ、ミノル君のマークは?」と、徳山さんはマジックを渡すと、ミノルさんは豚の鼻マークを黒板に書いた。沢田さんが、「タイムボカンっぽいっすね」と言ったら、ちょとウケていた。
あと10分、会議のフリをしてないと、社長に怒られるという事だ。